命の情報は生き抜く力
(毎日新聞2011年6月14日より掲載)
医者になって約30年、末期がん患者を支援する「在宅ホスピスケア」の分野に自分の学ぶべき道を見いだし今に至っている。
山梨県のような人口80万人余りの地方でも、家族力の低下に伴い、家での看取りはこの20年間、全国並みに減る傾向にある。だから、末期がんになっても安心して家で暮らせる体制の普及には、まだ課題が多い。
自ら選び受け入れるのが尊厳
日本では約20年前は、がん告知は一般的でなく、「ショックやパニックになる」という理由から、本人には真実を知らせなかった。
そのころに、45歳の直腸がんの男性患者と知り合った。この方は悩みながら闘病していたが、初対面の私に「四つの約束を守ってください」と依頼したのだ。その内容は
① うそをつかないでほしい
② 自分の体の情報を知りたい
③ 家族とずっと一緒に居たい
④ がんの痛みは必ず緩和してください
だった。
私はこの約束を果たすべく、半年間、最善を尽くした。
この方は亡くなる前に、「がんの痛みで、苦しみ抜く患者をたくさん見てきました。自分の体の状況の説明をきちんと受け、納得し、痛みなく、家族と共に居られる。本当にありかたい」と笑顔で言い残してくださった。
3月11日の東日本大震災による福島第1原発の事故後、大混乱だったことは認めるが、情報が私たちにきちんと伝わらなかった印象が強い。
当局に「恐ろしい情報で国民がパニックや不安になると困る」という潜在意識が働かなかっただろうか。
自分の体と命の情報を知らない故に、不安やパニックになり、自分の人生の選択ができず、「ありがとう、さようなら、ごめんね」と言えずに亡くなっていった人たちを、私たちは見てきた。情報を得て、自分で考え自分で選び、その結果を受け入れるということは、人間の尊厳だ。知ることは力なのだ。
愛する人を亡くした遺族の悲しみへのケアをグリーフケアと呼んでいる。伴侶を失い、毎日泣いていた女性に、私はこう提案したことがある。
① 自分が責任を持ってつくるビオトープ(環境)での植物の成長の変化に触れる
② 揺れている自分の心身の軸の指標を外界の中に見つける。例えば、北極星を眺めるとか。
死生学で知られる上智大名誉教授のアルフォンスーデーケン氏によれば、愛する人を亡くしてからの悲しみの日々は第1段階のショック、否定から始まり、新たな自分を受け入れるまでの12段階があるという。震災被災地で愛する人や大切な場所を失った皆さんは、今どんな段階にいらっしゃるのだろうか。いつの日か新たな自分になる日は必ず来る。その長い過程に、少しでもお役に立てるような継続的なご縁がたくさん生まれることを祈っている。