いのちの最後に拍手
2019年7月30日、毎日新聞「滝野隆浩の掃苔記」より
甲府市の在宅ホスピス医、内藤いづみさん(63)は仏教系の大正大学(東京・巣鴨)で「いのちの講義」を続けている。先週のゲストは、高橋卓志さん(70)だった。
長野県松本市の寺で遺族の声を徹底的に聞き寺が主導する葬儀を続ける坊さんと、生命維持の装置に頼らず人が家で「生き切る」ことを支える女医さんと。「御用聞きとおばちゃんの対談だね」。2人は笑い合った。
将来は実家の寺の住職になるであろう学生に向かって、高橋さんはまず、既成概念を疑い固定観念を揺さぶれと諭した。「世の中が激変しているのに、それを見ようとしない坊さんばかりだと、仏教は存続しないよ!」。そしてスイスの自殺ほう助施設の話をし、東日本大震災の遺体安置所で感じたことを語る。命に向き合うとはどういうことなのか、若者の魂に問いかける。
さらに「死に逝く人の人生の復元」と語った。それが葬儀だ、それが死にかかわる者の役割なのだと。
病院で人が無くなったら、遺体の搬送は寺でやる。納棺は遺族と一緒。いちばん悲しむべき人に、ひつぎの中の顔を見ながら2時間以上かけて聴き取りをする。そうしてストーリーを練り提供された写真にBGMをつけて、自らパソコンで映像作品をつくる。それを葬儀で流すことで、遺族は無くなった人の人生を心に刻み、会葬者は思わず拍手をする。
「拍手…おんなじね。生き切った人の姿を見たら、拍手になるんです!」内藤先生はそう言って、最近自らみとったケースの話をした。
70代の男性は余命わずかと宣告され、入院を拒否し家に帰ると言い張った。頑固そうだけど、皆に愛された人。先生は訪問看護師もつけず、1人でみとる決心をする。どんな夜遅くでもどんなに雨が降っても家に駆けつけた。4日目の夜、そろそろだと家族に伝えた。5日目、夜中の3時に息を引き取った。ずっと祖父のそばにいた12歳の孫。死亡診断書を書いて、先生はその孫に言う。「これ、人生の卒業証書よ。あなたがおじいちゃんの代理で受け取ってくれる?」診断書をもらい、しっかり胸に抱いた女の子。集まったみんなが拍手した。