開催報告 2019年4月13日胎内市
私はご縁で全国あちこちに伺っている。地域毎に文化がある。
どこでも皆さん、その立場で頑張って健気に暮らしていらっしゃる。
いのちの声はか細く小さいから、そばに行き耳を近づけないとわからない。
だから、そばに行く旅を続けている。そばに行っていのちの話を伝えている。
臨床もいのちの声を聴く大切な仕事だけれど、患者さんやスタッフに無理を
いい、甲州弁では、ゴミシンを言って、出かける。
新潟は広い。
十日町にも知り合いが育ったし、新潟市の斎藤先生にはいつも細やかに
お世話になっている。
津南町、長岡、知り合いの縁はつながる。
新潟はどこに行っても美味しいお米、お酒がある。人情がある。
1日目は胎内市。新発田シバタも合同で。あとで見ると村上の方々も来てくださった
ようだ。
新潟はちょうど、桜が満開。
山梨県中央市。昔は豊富トヨトミと呼ばれた地域に住む方から教えてもらった。
実は700年前に遡る歴史的な出来事で、胎内市と中央市などが繋がっている。
今は姉妹市でもあるんですと。
私は初耳。何?何?
板額ハンガク御前という、弓の名手の女傑が胎内にいらっっしゃった。戦いで負け、
鎌倉の源頼朝の前に引き立てられた。
いのちは風前の灯火。そこに甲斐源氏の浅利氏が名乗り出る。
死なせるのは惜しい、我の妻に頂きたい。弓の名手の子孫を作り、将軍のお役に立ちたいと。
願いは聞き入られ、甲斐国へ嫁入りし子をなした。
やや講談調になりましたが、そんな昔話です。
胎内市の中条駅には板額御前の銅像がありました。なかなかの女傑ぶりが
伝わってきませんか?
駅にもそのシンボルがありました。
4月13日の講演会には300人近い方々が、快晴の中、参加してくださり熱心に
耳を傾けてくださいました。自分達はどんな人生の最終章を迎えたらいいのか?
という課題提起でもありました。
講演の終わりに、永六輔さん作詞、唄は南春夫さんの明日咲くつぼみ、という
作品を紹介しました。
南春夫さんが、進行癌になってから永さんが作った曲です。
ちょうど、満開の桜の時にふさわしい曲でした。
今のいのちに感謝して講演会を閉じました。