納得の人生実現を支える
読売新聞2011年2月26日(土曜日)に掲載された広告記事「在宅医療と緩和ケア~がん医療のこれから~」。1月23日に開催された日本医師会の市民公開フォーラムが紙面からダイジェストで伝わる内容です。ご覧下さい。
がん医療における末期患者の在宅医療、緩和ケアが注目されている。
これをテーマにしたフォーラムが、東京・文京区の日本医師会館大講堂で1月23日に開催された。
医療側の体制、家族側の心構え、在宅緩和ケアの意義などについて、第一線で活躍する医師がパネルディスカッションで意見を交換した。
「チーム医療」24時間体制で
好本 最近のがん医療の考え方と緩和ケアについてお話しください。
垣添 2007年施行の「がん対策基本法」に基づき策定された「がん対策推進基本計画」で掲げられた目標の一つに、「すべてのがん患者及びその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上」があります。特に高齢の患者さんの場合、苦痛が大きい治療で生存率を上げるより、生活の質を維持することが大切になります。
ますます高齢化が加速する日本では、がんになったらどんな治療を受け、治らない場合は人生の終末期をいかに迎えるかを、自分で選択する時代が訪れます。その選択肢の一つが、在宅緩和ケアです。しかし、まだ受け皿が不足しているのが現状です。在宅療養支援診療所は全国に約1一万2000か所ありますが、24時間体制の末期がんの在宅緩和ケアを専門にしている登録医療機関は700か所ほどしかありません。
好本 在宅療養支援診療所の一つが、川越先生が東京都墨田区で運営しているクリニックです。在宅ケア支援グループ「パリアン」と連携して患者さんを支援しています。
川越 医師、訪問看護師、理学療法士など、多くのスタッフが24時間体制で末期がんの患者さんを支えています。近くの薬局とも連携し、服薬指導や服薬後の体の状態の確認までしっかりとケアしています。
内藤 山梨県甲府市で16年前から運営している私のクリニックでは、常勤の看護師に加え、訪問看護ステーションの看護師とも連携しています。緩和ケアに詳しい看護師と、ともに勉強しながら協力体制を敷いています。
好本 在宅緩和ケアのシステムについて教えてください。
沢田 退院にあたり、病院側は転院と在宅のどちらを患者さんが希望するかを確認し、在宅の場合は自宅に戻るタイミングを検討します。末期のがん患者さんにとって、在宅での時間は本当に貴重ですから、患者さんの生き方にあわせて自宅に戻るタイミングを考えなければなりません。
川越 在宅医療で診る側として大事なのは、24時間体制で患者さんを支えることと、治療していた医療機関・生活を支える福祉と連携するこ生福祉と連携することです。私のところでは、帰宅のタイミングをみて看護師が病院に出向き、情報の引き継ぎを行います。在宅医も必要に応じて主治医に電話し、事細かに状況を聞きます。こういった調整の後に在宅医療が始まります。
好本 在宅でも病院と同じ医療が受けられますか?
川越 手術や放射線治療、CT検査といった特殊なものを除けば、ほとんどが自宅でできます。医療的なことは医療者が支えますが、家族にも簡単なことはお願いします。その時はできるだけ安全・簡単な方法を指導し、負担がかからないように配慮します。
好本 24時間体制でケアしてくださるのは心強いのですが、医療側は大変ですね。
内藤 しかし、末期がんの患者さんの在宅ケアは、24時間体制でなければ意味がありません。そうでないと患者さんの不安には応えられないのです。
垣添 24時間体制の維持には、在宅医、看護師、介護士、薬剤師など様々な専門家が協力して患者さんを支える「チーム医療」が不可欠になります。
川越 私のところでは、「緊急時はファーストコール担当のナースに電話してもらい、通じなかったらセカンドコール担当のナースヘ。それでも通じない場合は医師に直接電話」という三重のセーフティーネットを張ることで、患者さんの不安をなくし、医療側の負担も軽くしています。
好本 家族の覚悟も必要なのでしょうね。
川越 在宅緩和ケアがうまくいくための条件は二つあります。一つは、本人がそれを希望していること。もう一つは、家族の理解・協力です。現実には独居高齢者や、高齢者だけの世帯、認知症で末期がんの方、家族が精神疾患を患っているケースなど、在宅でのケアが困難な方がいらっしゃいます。しかしどんな状況にあっても、患者さんが在宅緩和ケアを希望する場合はそれに応えるべきで、そのための方策を制度的に整える必要があると思います。
カギは家族を含めた地域のネットワーク
穏やかな時間 家族にも貴重
好本 在宅緩和ケアをさらに充実させるためのカギは、なんでしょう。
沢田 患者さんと家族を含めた地域のネットワーク作り、そしてチームカの強化です。在宅医、看護師、介護士、病院が患者さんの悄報を共有し、患者さんにとって何が一番いいのかを常に考えながら、在宅緩和ケアに取り組みます。
川越 チームは、「統合性」(共通認識を持つ)、「効率性」(無駄のない動き)、そして「迅速な対応」の三つが満たされると、より良質な医療が提供できます。在宅緩和ケア中の患者さんに残された時間はとても短いため、何事にも素早く対処しなければなりません。この実現のため、私の施設では、患者さんの病状などをチームで話し合う検討会を週3回、病院・在宅双方の医療スタッフ、地域のケアマネジャーや薬剤師などが集う公開カンファレンスも月に1回開催しています。
好本 では、家族が気をつけることとは?
垣添 患者さんの状態を主治医によく聞いて死期が迫っていること、人間は永遠に生きることはできないということを、まずはしっかり認識しておいていただきたいですね。
内藤 細心のケアで状態が安定すると、死が近いことを実感しにくくなることがよくあります。医師から、これから起こりうるリスクをきちんと聞いておくことを心がけたいものです。
沢田 容体が急変した時、慌てて救急車を呼んでしまうケースが多いのですが、まずは落ち着いて、かかりつけの在宅医の指示を仰いでください。本人が「最期は自宅で自然に」と希望しているのに、救急車で病院に運ばれては、希望に反する結果になりかねません。
川越 在宅ケア開始時と死が迫った時は、患者さんに様々な変化が現れるため、家族は特に不安になります。家族が安心して看病できるよう、医療者は家族に死を教え、「看取る方」に育てていかなければなりません。
在宅緩和ケアとは、単に亡くなる場所が家であるということではなく、納得する生と死を主体的に実現するためのものなのです。
内藤 末期がんの患者さんが家族と過ごす穏やかな時間は、患者さん自身のためでもあり、家族が永遠の別れを受け入れていくためでもあります。在宅で時間を過ごすことで、ご遺体に笑顔で話しかけたり頬ずりしたりできるのは、在宅医療ならではのことではないでしょうか。
好本 がんの奥様を自宅で看取られた経験から、垣添さんは何を思いますか。
垣添 妻が家に戻った最後の4日間は、長年親しんだ壁のシミを眺めたり、干したふとんのお日様の匂いに喜んだり、実に楽しそうでした。短い間でしたが、妻にも私にもかけがえのない時間だったと思います。
亡くなった直後の3か月はあまりに辛く、酒浸りの日々でした。でも半年ほど経った頃から徐々に立ち直り、3年経った今は、永遠に消えない悲しみを抱いたまま生きていく術を身につけたように思います。在宅緩和ケアでは、家族が死別に伴う苦痛を受け入れて立ち直るようケアしていくことも、大切だと思います。
川越 生前のケアをしっかり行い、患者本人も家族も納得の行く最期を迎えることができれば、ご遺族の立ち直りも早いようです。人生の幕引きを自宅で、と考える方に、私たちはできる限りのサポートをいたします。
地域には熱心に在宅緩和ケアをしているチームがあるので、諦めることなく扉を叩いてみ
てください。
沢田 命のケアは病院でできますが、心のケアは家族や信頼関係で結ばれたチームでなければできません。まずは「自分の最期をどうしたいか」を決め、それを医療側に伝えることです。
内藤 私は、患者さんと医療スタッフに、HEAD、HEART、HANDという「三つのH」について、つまり知識、心、実践する手があれば、よりよい在宅緩和ケアが実現できることを伝えています。最期に「ありがとう。さようなら」という言葉が残せる人生は、私自身の理想でもあります。
好本 もし自分に余命が宣告されてしまったら、どこでどのように命を全うしたいのか。今日のフォーラムをきっかけに、自分自身で一度じっくり考えてみようと思いました。今日はありがとうございました。
「患者さんが苦しまないように」
原中勝征日本医師会会長より主催者あいさつ
2007年に施行された「がん対策基本法」の大きな目的の一つは「患者さんが苦しまないように」であり、これは本日のテーマ「緩和ケア」にもつながります。がんになっても人生の有終を迎えるためにはどうすればよいか。日本医師会では08年、がんの緩和ケアガイドブック」を監修し、全国の医師に配布しています。みなさんがもし、がんにかかってしまったら、まずは病院で様々な治療を受けるでしょう。そして人生の終鳶を考えた時、「最期は自分の家で迎えたい」などのご希望をお持ちでしたら、どうぞ医師にご相談ください。私たち医師はその実現のためにできる限りのお手伝いをさせていただきます。
かつて不治の病として恐れられていたがんは、研究の進歩によりがん遺伝子も発見され、早期発見も可能になり、早期治療によって、完治可能なものもある時代になりました。どうかみなさん、がんを恐れることなく、医師とともに積極的に病と闘っていきましょう。
そして人生の最期を安らかに迎える。そんな時代の訪れを期待したいと思います。