開催報告2018年3月4日 郡上八幡
3月4日に開催された岐阜県、郡上八幡での講演レポートです。
岩手の遠野に行った頃は本当にまだ寒い時でした。
一番暖かいコートを着て行きました。
3月4日岐阜の郡上八幡では春の気配がありました。
有志の運転で向かいました。山を越え、山を越え。そして山を越えて。
郡上八幡には二回ほど伺っています。水の町。いにしえの町並み保存ができている懐かしい町。
今回は愛知学院大学の心理センターのご縁で、講演会が開催されました。
一年ほど前から、郡上の住民になった近藤正臣さんとの対談が近藤さんのご協力で実現しました。永六輔さんの友人でもある近藤さんとの対談もとても楽しみでした。
近藤さんは私の話しを、真剣に聞いてくださいました。
新しい地元となる、郡上で人を支えるための人結びを、始めていらっしゃるようでした。最終章を安心してすごせる町になるために。
郡上で地域医療を頑張る山川先生との出会いも嬉しいことでした。
各地で良心的な活動が芽吹いているのを知るのは嬉しいことです。
それを見るのも私の生きがいの一つです。
講演会の合間には、吉田川の清流をながめ、食品サンプルの大本山の
お店を覗き、ユニークなお雛様たちを観察したり。
とにかく、皆様に感謝して帰路につきました。
よーく観察してくださいませ。郡上八幡は蝋でできた食品サンプルの本拠地です。
工房では御雛様たちが大騒ぎ。
講演会の前後で少し町を周りました。
吉田川は綺麗です。
川のほとりで少しリラックスしました。
参加者からの感想
母は、92歳です。現在要介護度3の認知症です。1分まえぐらいのことは直ぐに忘れてしまいます。
講演会の翌日の月曜日の夕食時に、携帯のメールを確認していると「何しとるんじゃ」と言うので「昨日講演会があって、そのことだよ」と言ったら、すかさず「いづみさんのことか?」と言いました。
社会性のある人なので、誘導的な質問には知らなくても合わせるタイプなのですが、この場面は、私の独り言の様なことばに反応したのです。
もちろん、講演会の内容について話すことができませんでしたが、何かが心に残っているようでした。
その直後、テレビを見ていて突然「永六輔!」と言い、トイレ介助している時も「永六輔!」と言っていました。
涙が出てきてしかたなかったです。
母を講演会に連れて行くことについては、みんなから、ショートステイに預ければ良いのにと言われましたが、私は、何か母を連れて行く意味を漠然と感じていたのでとてもうれしく感じました。
今日は、水曜日ですが、どうかなと思って送ってもらった写真を見せて、「この女の人知っている?」と聞くと分からない様でしたが、「講演会の時の内藤いづみ先生だよ」と言うとニコニコ笑いながら「そうや、そうや」と言っていました。表情から推察するに合わせているのではなく、本当になにかを思い出している感じでした。
重度の認知症だから、なにも分からなくなっていると思うのは間違いですね。体験したことをことばで表出できなくても何かを感じとっていると思います。
(Yさんより)
自分らしく生き抜くためのヒントがギュッと詰まった楽しいご講演ありがとうございました。
生き抜くための深い学びになりました。高齢化の波は急速に押し寄せて来ているのだけれど、どう考えどう対応していくのか、皆が右往左往している状態ではないかと感じます。
一般的には現場の医療関係者もどうしたらよいのか、制度に振り回されている状態。独自の考えや方向性を示せれない。患者側も何をどう選択したらよいか、迷うばかりで医療者に依存している部分も大きいように感じます。
そんな中、医療関係者や行政に頼るばかりでなく、誰かが何をしてくれるのでなく、学ぶことで選択肢を多くもてるように各々が学び真剣に考える、共に手を取り考えていく時代、道をさがしていく時代ではないか、とあらためて感じました。
近藤正臣さんとの対談では近藤さんが、わかりやすい、やさしい、こわくない、内藤先生のお話をきいて、死ぬのが楽しみになってきた、とおっしゃられたのがとても印象的でした。
新身寄りのご提案は家族の枠にとらわれず、支えあって生きていく、そう心得ると、周りにも自分にも優しくなれる気がします。
芥川賞の「おらおらでひとりいぐも」を織り交ぜてのお話も時代を捉えた内容でわかりやすかったです。
とても楽しく学ばせていただきました。ありがとうございました。
(Aさんより)