お手紙

書評「あした野原に出てみよう」 

随筆つれづれなるままにより 大正大学教授(当時) 竹中星郎
人との出会いの多くが偶然であるように、本との出会いも予期しないことが少なくない。本の広告を見て注文するより、書店に赴いて読みたいと思った本を見つけて手に入れた方が何倍も楽しい。


「あした野原に出てみよう」という小さな冊子も、ふとした折に「在宅ホスピス医のノートから」という副題が目にとまって、寝しなに読もうと買い足したものである。
しかし読みはじめてそんな軽い気持ちは吹き飛んでしまった。著者の内藤いづみさんはイギリスのホスピスで研修を受け、帰国後に山梨県でクリニックを開いて在宅のホスピス医療に取り組んでいる若いドクターである。
彼女は研修医時代から末期がんの患者を受け持ち、告知されない患者の苦しみを真摯に見つめながら、告知しないことを悩む。それがユキさんという二十三歳の卵巣がんの末期の患者との出会いを通して、思い症状にもかかわらず本人の希望を容れて家族との生活の場に帰し、不安いっぱいの家族を力づけながら毎日のように往診して彼女の限られている生を支え、家族ともども死を看取る実践につながる。
あした野原に出てみよう―在宅ホスピス医のノートから (みみずく叢書) アマゾンで購入おそらくこのような体験が、イギリスに移住して彼女をホスピスに結びつけたのであろう。そこでの一人ひとりの患者との出会いやみ鳥がいきいきと描かれる。それは医師患者の関係を越えた一対一の人間の、正面から向かい合ったかかわりである。このような関係は限られた時間を共有するために濃縮されて珠玉のように輝くのであろう。
また彼女はイギリスにわたって二年目に出産するが、六週して院長からベビーをつれてホスピスにくるようにと誘われる。そこで彼女が体験したことは、死を迎えようとしている人々が新しい生を嬉々として受け入れる感動的な情景であった。
このようなレポートを読んで教えられたのは、死を迎える人にタブーはないということである。むしろわれわれの方が死を受け入れられずに、避けようとしたり隠蔽しようと苦慮する。それは死に行く人に見え見えなのである。
そしてまた、がんを告知するかすべきでないかということが問題なのではなく、その人の生の一部と受け止めて、告知した場合にはその後の患者のさまざまな不安や死の恐怖に真摯にかかわることが大切であると教えられる。
彼女はさりげなく「告知しない場合もある」と記す。告知はマニュアルではないのである。インフォームドコンセントも同様であるが、そこに含まれている意味が忘れられて、手続きやマニュアルと化している。
この「あした野原に出てみよう」という素晴らしい本はオフィス・エムの出版になる。