講演 種をまく人
北海道経済2016年9月号より
全国で種をまいた永六輔さん
(7月7日に死去した)永六輔さんはこの旭川青年大学で7回講演されました。私は今日も永さんと一緒に旭川に来る予定でした。
みなさん、命ってなんだと思う?これは難しい質問です。私が永さんから学んだのは、時間が動いているということです。時間が止まった人は死んだ人です。もう一つ、小さいときから死ぬときまで自分の宇宙、人との関係があるということ。
みなさんなら旭川での人間関係。そういう時間と人間関係の中に命はあるんだと、永さんはおっしゃっていました。
私の生まれたところには富士川の急流があります。葛飾北斎が「裏富士」を浮世絵に描いたところです。山梨県の県立美術館にミレーの絵「種をまく人」が所蔵されています。40年以上前に、当時の知事が、まだ地方に美術館がほとんどなかった時代に、ミレー作品を何億円もかけて購入し、飾るようになりました。それ以降、たくさんの人が来ています。種をまいている農民の体はたくましいですね。
永さんはたくさんのことを知っていて、いろんなところで種をまいて、いろんな文化活動を応援してきました。種をまくのは、えらい人や才能ある人だけではありません。みなさんも希望の種をどこかで、絶対にまいています。でも、その芽はみなさんが生きている間には出ないかもしれません。有名な画家や作曲家の中にも、生きている間にはまったく評価されず、極貧の中で死んでしまった人もいます。
私の父は、小さな町の教育長をしていて、新しいアイディアを持っている人だったので、その地域の教育施設をすべてデザインしました。頑張りすぎて、53歳で亡くなりました。生前の父が「これからは女性が活躍する時代だ。日本を、みんなが教育を受けられて幸せになれる国にしよう」と母と話し合っていたのを覚えています。そういう両親の下で育てられた私は反骨精神旺盛で、いろんな人とぶつかりましたが、この30年、ホスピスについて学んできました。
一番の応援団が永六輔さんでした。「命の限られた人を助けるホスピス活動は絶対必要になる」と言われたのが20年前のことです。いま政府は、入院患者に「家に帰れ、家に帰れ」と言っています。みなさん、大きい病院では緊急時以外、もう死ねないと思ってください。人生の最期をどこで送るのか、誰に助けてもらうのかをしっかり考えないと、とんでもないことになりますよ。
永さんの熱愛していた素敝な奥様が余命3ヵ月のガンであるとわかったとき、永さんは奥さんに残された時問をどこで過ごしたいか尋ねました。
奥さんが「うちにいたい。私の大好きなこのソファで日々を送りたい」と答えると、永さんと家族はその思いを支えたんですね。すごいと思いませんか。永さん自身も病気が重くなったとき、家族に「僕も(病院で死ぬのは)いやだよ」と言っていました。永さんには「大往生」というベストセラーがありますが、正真正銘、家族に囲まれながら、安らかに自宅での大往生を遂げたんです。それはずっと永さんが家族に思いを伝えていたからです。
みんな誰かが助けてくれた
でも、家で亡くなれない状況の人もいっぱいいます。ではどうするのか。
地元で、自分の仲間と友人、ケアマネしジャーと、しっかりと今から考えてください。そして誰かが「助けて」と言ったときに、自分はほんのちょっとでいいから、助けられる手段を持っているか、助けてくれる仲間がいるかを考えてください。それが、今日のみなさんへのお願いです。何かが起きてからでは遅いんですよ。
ただ、こういう話をしたあとでアンケートを行うと、こんなことを言う人がいます。
「私には誰もいません。誰も愛していないし、誰からも愛されていない。親はひどい人。兄弟は最低。友達もいない。近所なんて最悪。私は孤独で、これからも孤独に生きていきます」
でも、その人は痩せこけているわけではありません。ごはんはちゃんと、ファミレスに行ったり、コンビニで買い物したりして食べている。ファミレスやコンビニがごはんを食べさせてくれた。農家の人がお米を作ってくれた。誰かに助けられていることをもう一度考えてみてほしい。第一、お母さんが生んでくれなければあなたはここにいないでしょうと。
みなさんも振り返ってみれば、絶対に誰かが助けてくれているはずです。
死ぬ前に「あ、いたいた。先生にそう言われて思い出した」という人もいました。そうすると命の息吹が戻って来ます。
元気なうちに、死ぬ前のカウンセリングの練習をしましょう。今日帰ったら、ふりかえって、まず赦しましょう。嫌いな上司や近所の人がいますよね。私にもいますよ。それをちょっとだけ赦すトレーニングをしましょう。赦せなかったら「赦せない自分を赦す」ということでもいい。そして、少しずつ、満ち足りた最終章を送れるようにしましょう。
日本で死ねることの幸せ
ホスピスは700年前にはベルギーにありました。ブルージュという町の教会に、行き倒れ九人、ホームレスの人、お金のない人を運んできて、シスターたちが看取ってくれる場所です。宗教家が「あなたはもう最期だけれど、安心して亡くなりなさい」とお説教してくれました。700年前に世界で最も豊かで、医療と福祉が進歩したのがこのブルージュだったんです。地元の大富豪がお金を出してホスピスを開いたんですね。