天使の羽
仕事が終わって夕方帰宅し、玄関のドアを開けた。玄関のたたきも、上がり口も、こざっぱりときれいになっている。誰もいないことは知っていたが、「ただ今。」と声を出した。応答はなく、家中シーンと静かだ。目を上げると階段にエプロンが丸まって置いてあった。手に取って洗濯機まで持って行った。
この秋、遠いイギリスから私たちを訪ねてきてくれて、2ヶ月ほど一緒に過ごした義母バーバラさんが、ずっと使っていた茶色のエプロン。「きっと出発するぎりぎりまで掃除をしてくれたんだわ。いづみが少しでも後で楽なように―と。」バーバラさんの気持ちが私に伝わってきた。私以外の家族は、成田空港まで見送りに行っている。彼女はもうとっくに離陸して、イギリスへ向かう機中だろう。太陽いっぱいの暖かい日本の秋を楽しく過ごして、冷たい雨交じりのイギリスの暗い秋へ帰って行った。
相手を尊重し、出すぎず控えめに、でも頼もしく傍で手伝ってくれるバーバラさんに、いつも私は感謝してきた。長男と長女をスコットランドで産んだ後、バーバラさんにすぐに助けを求めた。彼女は5時間、特急電車に乗って駆けつけてくれた。
「うれしいわ。実の娘だって、助けを求めてこないのよ。子育ては自分たちで全部するって。オムツを私が替えてもいいの?うれしいわ。ありがとう。」
感謝されて面食らったこともある。息子夫婦に干渉しない、という絶妙な大人の距離を保って、いつもバーバラさんは私たちが大変な時に助けてくれた。いい姑に出会った、ということだろう。彼女に、マザー・イン・ロー(義母)は、日本語で「女」に「古い」と書くんです、と説明したら
「まぁ、本当すぎておもしろい。」と愉快そうに笑った。
ホスピスという、イギリスで新しいいのちを吹き込まれた“生と死の医療と文化活動”を日本で、しかも田舎の甲府で15年ほど前から続けている。多くの人から「キリスト教文化がない日本では馴染まない。死を見つめる医療など成り立たない。」と否定的に言われてきた。私は大げさに反論はしなかったけれど、しかし心の中ではいつも、こう思っていた。「人が人を信じること。いのちに感謝すること。それに国境も、人種も、宗教の違いもあるものか。」答えは少しずつ、今明らかになってきているように思う。
93歳のお母さんの自宅での、最期の日々を支えている娘さんに、この滞在中バーバラさんを引き合わせた。93歳のお母さんは、末期がんになってからもしっかりとした姿勢で、穏やかに過ごしていた。風通しの良い居間で、皆で一緒にお茶を頂いた。後でバーバラさんが私に、こう言った。
「あの娘さんはエンジェルね。良い人だわ。」
エッ?私は驚いた。二人とも言葉の壁があったのに。実はその娘さんの妹たちから「うちのお姉ちゃんは、本当に天使みたいなんです。」と聞いたばかりだったのだ。「ほら、ごらんなさい。(エヘン)」と私は傍に相手もいないのに、急に威張りたくなった。
「天使のようにやさしく暖かく、そして人を助ける心は、世界共通で言葉抜きに伝わるのよ。」と。そして実は、義母も確かに天使の羽の持ち主なのだ。
辛いニュースが多いこの頃。天使の心が少しでも私たちに明るい未来を垣間見せてくれますように。
2006年11月15日 内藤いづみ