いのちを囲むということ
(2008年12月24日産経新聞「最期の時を家族と」より)
成人した子供たちの幼児期の写真を見ると、何とも言えない切ない気持ちがわく。こんなにかわいかっだのに、子育て中はいろいろなことに必死で、十分、楽しめなかったような後悔に似た思いがする。
しかし、すぐに思い返す。私たち親は一瞬の喜びや感動を、人生の縦糸にしっかりと織り込んで生きてきたはずだ。
そういえば、今まで私がしてきた在宅看取りも、子育てに似ている。苦労もたくさんあったはずなのに、温かい思いだけが浮かんでくる。
今年は日本財団の助成を頂き、在宅ホスピスケアセミナーを4回シリーズで主催した。20年近い活動で交流を持った方々が講師で来てくださった。五感に響く働きかけや、ケアする人のためのケアのヒントも盛り込んだ。一般の方、医療者、在宅ホスピスケアを体験した遺族の方も参加してくださった。
ある回では、長野県茅野市の病院の緩和ケア病棟の元師長さんにお話を伺った。10年前は山梨県内に緩和ケア病棟がなく、車で1時間かかるその病院に、県境を越えて連携してもらった。
患者さんが、なるべく家にいたいと願っても、不測の事態が起きることもある。入院対応で支えてくれる病院があるのは本当に心強かった。10年前、70歳の奥さんを看取った佐野良一さん=(仮名)もセミナーで大切な思い出を発表してくれた。
「僕は、妻のためならどんなことでもしようと思い、内藤先生に在宅ホスピスケアをお願いしました。ですが、妻は僕が大変だと思ったのか、がんが進行すると、ホスピスヘ入院したいと言い出し、茅野市のホスピス病棟へ入院しました。親切にしてもらい、病状は落ち着いていましたが、しばらくすると、今日おいでの師長さんたちが『帰るなら、今ですよ』と妻に話しました。私たちも決心しました。退院の日は、皆が車いすを押し、玄関まで見送ってくださいました。不安を抱え、2人で車に揺られて戻りましたら、何と、玄関に内藤先生のところの看護師さんがニコニコして待っていてくれました。あんなにうれしかったことはなかった。いろいろな人に支えられて、妻は家で亡くなりました。本当にありがたかった」
そんなことがあったのか。私はそのときかかわった皆に改めて感謝したい気持ちだった。
命を囲む。それが日本中で温かな連携になりますように…。
(内藤いづみ 在宅ホスピス医)