未分類

「未来への希望の切符」を胸に生きる

向上2025年3月号「随想 尊敬する人」より(発行:SYD

向上2025年3月号の表紙
どんなに楽天的な性格だとしても、心が晴れない暗雲や荒波を感じる最近の世界情勢です。「希望」をどう見出したらいいのか、悩む人も増えています。あなたも眉み間けんにしわが寄っていませんか?
「希望!」それを教えてくれた尊敬すべき患者さんを思い出しました。

90歳近い食道がんの男性で、娘さんのケアを受けて自宅療養をしていました。病気が進行して末期に近づいたある寒い日、家族が止めるのもふり切って、庭にチューリップの球根を埋め込み始めました。一生けん命、ひとつひとつ息を切らしながら。そして、私たちにこう言いました。
「なぜ、こんなことをしているかって? それは、春になったらかわいく咲くチューリップを孫たちが見に来るからだよ。毎年の楽しみなんだ。」

そして「先生、わしはその時はもうここにはいないだろう?」と。
私はその質問にすぐ答えられませんでした。
「いいんだ。いなくても。この球根は幸せな〝未来の切符〟なんだから。」
その方はそう言ってほほえみました。この1ヶ月後に自宅で安らかにお亡くなりになりました。亡くなる2日前の最後の日記には、「今日もいい日だ、明日も前向きに生きる」と書かれていました。

それから、私も「未来の切符」について考えるようになりました。未来の切符を持つということは〝夢や希望を持つ〟こと。そして、尊敬できる人がいるということも「未来の切符」を持っていることだと思うようになりました。

若者たちに講義する時には必ず最初に伝えています。
「身近な尊敬できる人を3人あげてください。」
「偉人?のような大きな存在の、尊敬できる人を3人あげてください。」
すぐにあげられない若者もいますが、考えることは大切ですから、これを機に尊敬する人を思い描いてもらいます。

私にとって尊敬できる身近な人は、父と母です。そんな両親をもてた私は何と幸せな人間でしょうか。父は53歳でこの世を去りましたが、その後、

母は女手ひとつで私と弟を育ててくれました。
母は父との運命的な出会いを自伝に書き残しています。教師をしていた2人が、戦後教師をやめ、小さな商売を起業したこと。何より父には夢があったそうです。それは、男女共同参画社会の誕生と教育の機会均等が普及することで、女性の地位と可能性を高めることが、平和社会を作る礎にいしずえなる、と信じていたと母が、熱く、私たちによく語ってくれました。

そのモデルとなるべく2人は、保守的なコミュニティの中で奮闘努力したのでした。男女差別の洗礼も受けずに、この2人に育てられた私が、社会に貢献できる医師を目指すと決めた時、2人は大賛成して応援してくれたのです。在宅ホスピス医として、いま、社会に役立つ仕事ができているのも、両親の応援のおかげです。

母は95歳まで長生きしましたが、ずっと働き者で、人のために努力を惜しまない姿を思い出すたびに、「一生親を越えることはできない」と思います。
付け加えて、偉大な人物で、私の尊敬する方々をあげてみます。どの方も社会的に偉大な業績を残しましたが、その自伝を読んでみると、たくさんの試練を乗り越えた人間くささがあふれていて、尊敬の念が増します。

・レイチェル・カーソン
科学者、環境学の始まりを世に問うた人。著書『沈黙の春』は世界中に驚きを持って受け止められた。

・エリザベス・キューブラー=ロス
世界で初の死生学を示した精神科医。『死ぬ時間』は世界中でベストセラーになった。

・シシリー・ソンダース
現代のホスピスケアの創始者、医者。モルヒネの適正投与により、がんの痛みを緩和してがん患者たちにほほえみを取り戻した。

・パール・S・バック
文学者、『大地』によりノーベル文学賞受賞。

4人とも70~80年代に活躍した女性です。どの方も世界初の取り組みという困難な道にもかかわらず、自分を信じてその道を切り開き、多くの人のために尽力しました。

両親、そしてこの偉大な方々を思うたび勇気がわき上がり、「またがんばろう!」という決意がよみがえります。
改めてこの尊敬する人への思いは、ピカピカと輝く「未来への希望の切符」なのだなと感じるのです。