エッセイ

母への伝言

誰でも母と自分の最初の思い出があると思う。
私も思い出すひとこまがある。

4歳の頃だろうか。冬だった。
その頃母は、新装開店した食料品店が忙しくて、一緒にご飯を食べる暇もなかった。

私はそのお店に行って母の仕事が終わるのをじっと静かに待っていた。
私は我慢強くて聞きわけの良い子だった。

お店と自宅は大人の足では10分位だろうが、子供の足では永遠と感じるほど遠かった。
やっとふたりで帰れる時になった。
当時は街灯もなく、車も少なく道は暗かった。
私は「寒い」と言ったのかもしれない。実際は闇が怖かった。

母は私の上半身ごと頭からすっぽりと自分の半纏の中に私を包み、ギュッと抱きしめながら家路を急いだ。
その安心感。温かさ。50年経ってもその思いが色褪せることがない。

母も自分の母の80年前の思い出を自伝の中で鮮やかに語っていた。
母という存在は何と偉大なのだろうか。
内田麟太郎さんの絵本『おかあさんになるってどんなこと』の中に、おかあさんになるのはこの3つができること、とある。

① 子供をギュッと抱きしめる
② 名前を優しく呼ぶ
③ いつも心配してあげる

簡単そうで、でも深い愛。
母にしかできない3つのこと。

子供が大きくなってしまうとギュッと抱きしめることはなかなかできない。
「若いママさんたち、できる時にたくさん抱きしめて」
と私は子連れママを見ると心の中で声援を送っている。

そして、生きている限りずっとできること。
それは、子供を心配してあげること。
91歳の母が、57歳の私のことを今でも心配してくれている。
「いづみちゃん、大丈夫?頑張り過ぎないでね。倒れないでね。肩揉んであげようか」
91歳の母は体こそ段々きかなくなっているが、いのちのエネルギーは衰えていない。
デイケアではヘルパーさんたちのために弱者の老人のふりをしている(笑)
お母さんの溢れるエネルギーを私たちは知っている。
頑張り屋のお母さんに乾杯!

内藤いづみ
2013年5月