在宅みとりの平和活動
2024年1月7日毎日新聞「滝野隆浩の掃苔記」より
昨年12月30日未明。甲府市の在宅ホスピス医、内藤いづみさん(67)は就寝中、いつも枕元の手の届く位置に置いている携帯電話の着信音で目が覚めた。「そのとき」が来たことは、相手の声を聞く前にわかった。
101歳になる女性は、数週間前から生と死の境にいた。のどが渇くと、同居の60代の娘がつくったスイカのジュースをおいしそうに飲み、また眠り続けた。
10日ほど前からは、目を覚ませば「死んだ友達に会ってきた」などと言うようになった。そう長くはないことは、家族にもわかっていた。
最初に相談に来たとき、娘は「死にゆく母を見ていくなんて恐怖と苦痛でしかない」と言った。最期は病院がいいかも、と。ところが骨折し入院したときがコロナ禍で、「面会禁止」を経験する。あまりに可哀そう。そこで母と家に帰ることを決めたのだった。
内藤先生はがんの医療用麻薬をごく少量処方しながら、介護する娘とゆっくり語り合った。死は悲しいことや絶望ばかりじゃないよ、明るく送ってあげたらいいね、などと。すると娘はしだいに不安を口にしなくなった。亡者に会ったと母が言っても、そのまま受けとめた。「友達への土産は赤飯がいい」と言う母に、「もたせてあげるよ!」と伝えた。それを聞いた母の満足げな寝顔。
その朝。連絡を受けて、内藤先生は車を運転して家へ行き、死亡を確認した。1世紀を生きた女性の顔は上品で、つやつやしていた。見事に生き切った。娘の目にも涙はない。母娘と先生は記念写真を撮ってもらう。この中でいちばんきれいなのはお母さんだよ!そう笑い合った……。
2023年最終日の前日。世間が正月準備に忙しい日の朝を、内藤先生はそうやって過ごした。
車で帰宅する途中、空腹を感じファミレスに寄った。午前8時すぎ。暗いうちに家を出たのがウソのように明るい。モーニングセットを待ちながら親しい何人かにメールした。
ふと、世界中で起きている戦争のことが頭に浮かんだから。
<ひとりのいのちを送るのにこんなにエネルギーが必要なのに、戦争ではあっという間にたくさんのいのちを抹殺してしまう。私はささやかな平和活動をしているんだな~と実感します>