自分の中の真実の声
2023年1月7日毎日新聞「滝野隆浩の掃苔記」より
昨年暮れ、JR中央線で甲府市に行き在宅ホスピスの先駆者、内藤いづみ医師 (66)と食事をした。同2月に出た「人間が生きているってこういうことかしら?」という本づくりに少しだけ関わった縁があり、編集者と3人の「反省会」が師走になった。
JT生命誌研究館名誉館長、中村桂子さん(87)との対談本は、いのちについて考えるきっかけとなる本だ。緑豊かな中村さん宅の庭で行われた対談の思い出から死を顧みない医療の問題、そして初恋の話まで。内藤先生と話し込んだ。
4000人以上のみとりの場に立ち会った内藤先生は、人生の最終段階で、患者とその家族がどうふるまうか、つぶさに見てきた。それぞれ違った物語がある共通点があるとすれば、先生が以前「いのちの不思議な物語」という本の中で書いた「死にゆく人の前で、人は自分の中の真実の声に気づくのです」ということなのだろう。送り出す側も、そして亡くなる本人も、最期は本心をさらけ出すしかない。だから、物語が生まれる。
料理をつつきながら聞いた先生の話の中で、いちばん心に残っているのは、妻を亡くした和菓子職人と再婚した女性の話だ。がんの夫をみとったあとすぐ、彼女にもがんがみつかった。先妻が産んだ2人の男子をようやく社会人に育て上げたと思ったら夫が亡くなり、そして自分も死の淵に立っている。どれだけ無念だったか。彼女は以前、先生にこう打ち明けていた。「自分の子は産まないと決めていました。人間は必ず、自分の子のほうをえこひいきしてしまうから……」
死の床で彼女の容体が少し落ち着き、先妻似の次男だけが病室に残っている時間があった。するとそれまで大泣きしていた次男がすっと居ずまいを正し、彼女の耳元で言った。「お母さん、今までありがとう」。あっ、これきっと天国の先妻から彼女への、感謝の言葉だ。先生はそう感じた……。
これからますます自宅でのみとりは増えていく。その最期を豊かにするのは「潔さ」だ。先生の話を聞きながらそう思った。自分はこう生きてきた、と胸を張れるかどうか。最期はこうしてほしいと伝え切れるかどうか。心の中にある「真実の声」に向き合うしかない。