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いのちの授業

『Love&Harmony』141号より。

 1986年に英国に移住してホスピス医療に携わり、帰国後は山梨県を拠点に在宅ホスピスケアに取り組む内藤さん。多くの方の命に寄り添ってきた内藤さんが話してくれたのは、自分らしく生ききることの素晴らしさでした。
『Love&Harmony』141号

「いま」を生きる

 もう30年以上、在宅ホスピス医として、たくさんの患者さんの看取りをさせていただいています。
2020年からもコロナ禍での医療に注意を払いながら。患者さんやご家族の強い希望で在宅ケアを続けています。
 最近は「終活」という言葉をよく聞きますが、「死」に向かって生きているように感じられて、楽しい気持ちになりません。
 ホスピス医なのに? と思われるでしょうか。終末期のケアをしているからこそ、「いま」を生きるということを大切にしたいと思います。
 病気を治療できない状態に入った人を看護するのがホスピス――
終末期の医療。ホスピスケアとは、何かを終わらせようとすることではなく、「いまを生きているいのち」を支えることなのです。
 就活も、最後の日のために何をすべきかを考えるのではなく、新しい時間と空間を作るためと考えれば、今日が充実するはずです。
そうした一日一日の連なりをあとから振り返ってみたとき、「良い人生だった」と思えるのではないでしょうか。

 「死」は生きている人が経験したことのないことです。でも、その方がどんな顔で亡くなられ、ご家族がそのときをどう受け入れるかというのは、こちらからも見えます。私は、患者さんとご家族が、どうしたら笑顔になれるのかをいつも考えています。
 診療室に永六輔さんの色紙を飾っています。永さんは晩年、車椅子での生活になっても、日本中を回り、最後まで永六輔としてメッセージを伝え続けました。「死に方を残すことは、生き方を残すこと」。永さんがよく言っていた言葉です。
 私たちは、生まれた瞬間に「人生のきっぷ」を手にします。
片端には生まれた日付が入っていますが、最後の日付は分かりません。人生の時間は決まっていて、その終わりにはどんな人でもあらがえません。
 自分が人生の主人公です。だから、そのきっぷは最後まで手放さないでいてほしいと思います。

「いのち」を自覚する

 いま、「いのち」の実感を持てない人が増えているのを感じます。ほんの50年くらい前まで、人が死ぬ場所は「自宅」でした。家族みんなで、おじいちゃん、おばあちゃんを囲んで看取る。家に帰って来ると、いつも笑顔でいたおばあちゃんはもういない……。子どもは、そうして身近な人の死を体験してきましたが、現在では死に触れることが少なくなっています。
 いのちというのは、思いがけないことの連続です。いのちの手触りを感じた事のない人は、死の場面に直面したときに、どうすればいいのか分からなくなってしまうのではないでしょうか。
 私たちがこの世に生を受けるのは、宝くじの一等を百万回当てるより低い確率だといわれています。そして、人は必ず死を迎えます。終わりのときを自分で決めることはできませんが、いのちを自覚し、与えられた最後のときまで、自分らしく、しっかりと生き抜くことが、私たち人間に与えられた使命だと思います。

『Love&Harmony』は、株式会社カイトによる一般社団法人実践倫理宏正会発行の季刊広報誌。