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老いと死を見つめて

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(しゃきっと 2003年10月号より)
女性の老いを描いた映画「夕映えの道」を撮ったフランスの映画監督と、在宅ホスピス医として活躍する医師の対談が実現しました。老いと死は、誰の身にも訪れます。自分のこととして今から考えておくことは、人生にとって決して無駄ではありません。
映画監督ルネ・フェレさんとの対談です。
(左の画像はクリックすると大きくなります。)


健康には病があり、生には死があることを忘れないでほしい
フェレ 「老い」というのは、私にとって刺激的なプロセスの一つで、健康状態にも大きく左右されるものだと思います。
 私の祖父は非常に健康な状態で80歳まで生きました。しかし父は、タバコなどが原因で60歳で亡くなった。母は75歳まで生きましたが、最後は健康をとても害して亡くなりました。そういう意味では、両親の老いや死によい印象は残っていないんです。
内藤 『夕映えの道』では老女マドが主人公ですが、お母さんとの体験が影響していますか?
フェレ それはありますね。母が病気になったとき、いったんはパリの私の自宅に引き取りました。でも、いろいろな事情があって、パリの病院に入院させました。その半年後に、母は病院で亡くなってしまいます。私にとって、これはとても傷つく経験でした。
内藤 フランスの高齢者を取り巻く問題はどうですか? よくなっているのかしら?
フェレ 健康な人を受け入れる体制は改善されましたが、精神的・身体的なハンディキャップのある高齢者に対しては、難しい問題がまだまだあります。
死を人任せにしては人間性を取り戻せない
内藤 最近の日本では、死というものが日常から切り離されてしまっています。フランスではどうですか?
フェレ フランスもそうですね。
このことは非常に大きな悲劇だと思います。子供たちが死に接することがない。そうすると、喪に服して、その後、死を受け入れるということができなくなってしまう。
内藤 日本では戦後、家で亡くなる人が急減していて、代わりに病院で亡くなる人が増えています。今では、およそ8割の人が病院で亡くなっています。
フェレ フランスでは、少し前までは亡くなる間際は家に帰して、家で最期を迎える人が多くいましたが、今では病院で亡くなるケースがほとんどです。遺体に対面することもなく、棺に入れてしまうことも多くなりました。
内藤 フランスの人たちは、それらを当たり前と思っていますか?それとも変えたいと?
フェレ 当たり前だし、社会的な進歩だとも思っている。
内藤 その感覚は20年前の日本かもしれない。私は家で亡くなるほうが、すっと進歩的なあり方だと考えています。
フェレ 死という大事件に対しては、それ相応の扱いをすべきだと思いますね。
内藤 死を隠したり、人任せにしている限り、現代社会において、人間性を取り戻すことはできないような気がしています。私か在宅ホスピス医として患者さんを看取る場合は、小さなお孫さんまで含めて旅立つ人を囲んでお別れをしています。た
とえば、そうした子が高校生くらいに成長して、「祖母の死はとても穏やかで温かく、まるで日常のひとこまのようだった。私は祖母の死から新しい命を受け継いだのだ」といった作文を書いたりします。驚くと共に、とても感動しますね。
フェレ そういうことがあるんですね。
内藤 『夕映えの道』で、涙が出たところが2か所ありました。一つは、老女のマドの体をイサベル(マドと知り合った女性)が拭いてあげる場面。あの場面で私は「ゆだねる」という言葉を思い起こしました。ゆだねることを他人にできたとき、新しい世界が広がるんだなと。
フェレ そのときに「生」を感じるのかもしれませんね。生きることをきちんと感じられれば、死を受け止めることもできる。
 もう1か所、涙が出た場面は? 最後のところかな?
内藤 そう、ラストシーン。
フェレ 最後にマドが泣くのは、実は全然予定していませんでした。マド役のドミニクが感極まって泣いてしまった。ハプニングでしたが、続けてもらいました。ドミニクが泣いたことは、結果的にとてもよかった。
内藤 最後のマドの台詞もよかったですね。上映前ですからあまり詳しくは言いませんが、人生の最後に、マドは幸せを感じていた。そこに救われる思いがしました。
老いや死を考えるきっかけになる映画
フェレ フランスでは、映画を上映した後で、内容について議論する場が設けられることがしばしばあります。この映画には、200回くらいそういう機会がありました。
 特に印象に残っているのは、あるおばあさんが娘に「私は、自分の死について話題にしてほしくないと思ったことは一度もない。あなたが語っていないだけだ」と言ったことです。このときは高齢の女性を中心に150人くらい集まっていて、多くの人がこの話に共感していました。
内藤 この映画が、老いや死を考えるきっかけになったんでしょうね。
フェレ ええ、フランスではとても多くの議論を呼び起こしましたね。
内藤 日本では介護保険がスタートし、制度面は整いつつあります。しかし、何より大切なのは、まさにマドとイサベルのような人と人との関係。いろいろな問題が起こるのは当たり前。それを踏まえた上で、人と人との関係が充実しないと、豊かな老いや死は実現しないですね。
 最後に監督の健康観をお聞かせ下さい。
フェレ 私は、片足は健康でも、片足は病気になりうることを知つていることが「健康」だと思う。つまり健康というのは、常にその裏腹に病気があるということです。本当に健康であるためには、健康と病の両方を認識する必要がある。それを忘れてはいけないと思うんです。
 人間には体と魂があるように、また、ポジティブとネガティブがあるように、生にも死がある。このことも忘れてはいけないと思いますね。