最期 自宅で迎えたい
山梨日日新聞2019年4月5日より
「人生の最期を住み慣れた自宅で迎えたい」と思う人は多い。自宅でのみとりが減った現代では、急変したら、家族の負担は・・・と不安がつきまとい、想像できないという人もいるが、本人の意思と家族の覚悟、思いに添う医療や介護者の支えがあれば、自分らしく生き切ることができ、家族にとっても心に残る時間になるという。自宅でみとった山梨県内の家族を訪ねた。
甲斐市島上条の窪田正英さん(享年78歳)宅。肺がんを患っていた窪田さんは2月16日、この家で息を引き取った。
3月中旬、窪田さんを支えた日々を振り返ろうと、妻瑛代さん(77)や長女の水上奈美子さん(48)ら家族と、在宅ホスピス医の内藤いづみさん(甲府・ふじ内科クリニック院長)や訪問看護師が集った。「昼間はそこで横になってて、先生たちが来ると一緒にコーヒーを飲んだりしたね」と瑛代さん。和室に飾られた遺影を前に、皆で在りし日をしのんだ。
窪田さんは1960年に県警入りし3署の署長、交通部長などを歴任。退官後は介護関連会社の役員などを務めた。家庭では、2男1女を育てた。
生きる気力
肺がんが見つかったのは6年前。熱心に情報収集し、自分で選んで治療を受け、薬についても研究。体調もこまめに記録した。訪問看護師は「生きる気力があった」と囗をそろえる。
症状に合わせて4、5ヵ所の医療機関に通院。そのうちの1つで免疫療法を受けていた内藤医師に在宅医療を依頼し、最後の約2ヵ月は通院せず自宅で過ごした。以前から夫婦で在宅医療の特集番組を見て、自然と「最期は家で」と考えていたという。
窪田さんは瑛代さんに「万が一のときも救急車は呼ばないで」とも伝えていた。
薬で痛みをコントロールしながらの在宅生活。初孫だった奈美子さんの長男陽聖さん(22)が運転免許を取った時には、2人でドライブへ。喫茶店へ立ち寄り、コーヒーとケーキを味わった。動くと息苦しかったが、亡くなる間際まで、ハアハアしながらも、夜は2階へ上り寝室で寝た。亡くなる3日前にはすき焼きも食べた。
瑛代さんは甘酒や寒天を使ったきな粉のプリンなど、健康を考えた窪田さんの好物を毎日作るなどして支えた。1度だけ、窪田さんが瑛代さんの負担を考え「入院しようか」と聞いたことがあった。瑛代さんは「面と向かって感謝してくれる人じゃなかったけど、気遣ってくれてるんだ、もう少し頑張ってみようと思った」と明かす。
静かに笑う
亡くなった日の朝も、「医学的には危篤」(内藤医師)の状態だったが、痛みを和らげる機器の導入を内藤医師らと相談。
昼前に訪れた陽聖さんの妹景愛さん(20)とも言葉を交わした。
だが瑛代さんが、昼食の支度を始めた頃に様子が急変し、間もなく旅立った。せっかちだったいう窪田さん。「最期もせっかちだったね」「往生際が良すぎたよ」。皆でその時を振り返りながら静かに笑い合った。
「何があっても家族は守る」。
結婚した時の約束通り、窪田さんは家族を大事にしたという。
「家で見られて楽しかったよね」と奈美子さん。瑛代さんは「家が好きだったし、最期まで生活らしい生活ができた。本人の望み通りだったと思う」と話した。
瑛代さんは「在宅医療になると出掛けられず、夜も寝られないかもしれないと最初は不安だった」と言う。内藤医師や看護師の「24時間協力する」との言葉が安心感になった。「常に神経は張っていたけど、生活の一部になっていた。これ以上
できないくらい、やってあげられた」。遺影を見つめる瑛代さんの言葉には、満足感が漂った。
自宅を希望55% 国の高齢者調査
内閣府の高齢者の健康に関する意識調査(2012年度)によると、「最期を迎えたい場所」として54.6%が自宅を挙げている。一方で死亡場所の推移(14年人口動態調査)をみると、自宅の割合は1951年の82.5%から2014年は12・8%と大幅に減少。病院が75.2%を占めている。
在宅ホスピスに長年携わる内藤いづみ医師は「在宅での緩和医療をイメージできない人もいるが、専門性のあるスタッフがいれば施設と同じレベルでできる」と話す。
病院では「末期の人」らしい扱いになるが、家にいれば自由に過ごせる。家族が患者のわがままをかなえてあげたくても、病院では制限されるが、それも応えてあげられる。内藤さんはその期間を「プレゼントの時間」と呼ぶ。
介護の負担はどうか。「大変だけど介護が生活の中にあり、くつろげる時間が少しでも見つけ出せる」と内藤さん。「みんなで命を囲むから、病院で1人で見ているのに比べ恐怖感が和らぎ、命の教育にもなる」と考える。
手術や高度な延命治療などは病院でなければできないが、「その後どうなるかまで、患者はよく分かっていない」と指摘する。今後の多死社会では、病院で最期を迎えられる人も限られると予想される。「一人一人がその後のことを知ったり、最期をどうしたいか考えたりしておかないといけない」と話している。