最期のときを家族と ケアの値段
あなたが健康なら、在宅で命の最期を過ごすことを想像するのは、簡単ではないだろう。特に、がんという病気は、検査、診断、治療など、病院と専門医に深くかかわるから、病院から離れることに不安は尽きないだろう。
しかし、今や入院日数短縮が国の方針。でできれば、最期も家で、ということらしい。国の本音は、とにかく医療費削減ではないだろうか。
私は在宅ホスピスケアを細々と、20年近く続けてきたから、応援はうれしいはずだが、どうもしっくりこない。確かに、ある研究で月に100万円以上とされた濃厚な終末期入院医療費と比べると、在宅ケアは安上がりに見える。しかし、私は医療費削減のために在宅ケアをしているわけではない。満足のいく在宅死を増やすには、、「死ぬ場所」を自分の問題として選ぶのが弟一ではたいだろうか。
近所の和菓子屋の主人、上山猛さん(仮名)は脳梗塞による半身まひと10年以上闘ってきたが、半年前に肺がんが見つかった。すでに進行し、手術も抗がん剤もできない。重い肺がんでせきや熱が出たり、酸素吸入が必要な人は、老人施設での受け入れが難しく、家での療養しか道はない。上山さんには、訪問看護が連日入り、点滴などを行う。往診は落ち着いている間は週2~3回。24時間、いつでも医師と看護師が対応する。
痛みの緩和は良好。往診の度に「大丈夫。どこも苦しくないよ」と笑顔で答えてくれる。
奥さんと2人暮らしだが、夜は息子も手伝いに来てくれる。
これで医療費はーカ月20万円ちょっと。後期高齢者なら一割負担(月の限度額は平均的所得の人で1万2000円)。甲府市では、障害がある上山さんは今年4月から無料だ。こういうことができるには、患者さんと家族が自分の意思で在宅を選ぶこと、緩和ケアの知識を持ち、重症者を24時間体制で引き受けてくれる医師と看護師の医療チーム、連携してくれる病院が必要。
患者と家族を支えてくれる友人や身内の存在も大きな要素だ。在宅の命のケアは、医療費は安いけれど、たくさんの献身と愛情と信頼が必要になる。
「お父さん直伝の草もちを食べてください」。奥さん手作りのお土産を頂いて、いろいろなことを考えながら帰路についた。
(内藤いづみ 在宅ホスピス医)
2008年10月15日 産経新聞より抜粋