命を繋ぐ食事
2008年1月28日の神戸新聞「随想」に掲載された話をここで紹介いたします。
夜どんなに疲れていても、娘ふたりのお弁当のためにお米をといで予約スイッチを入れる。お弁当作りはもう十五年以上も続けてきた。「早く楽にならないかなぁ」と思っていたら、二年前、長男が大学進学で家から離れ、四合必要だったお米が、三合で済むようになった。大中小のお弁当の包みが並んだ昔の風景を思い出すと、あれはまさしく母の誇りだったわ、と予想以上に切ない思いが湧く。
「おかあさーん。空の巣症候群?」と娘。
「まさか!今日の夕食…は例のメニューです」
「わーい! 嬉しいなぁ」
例のもの?
それは手作りビビンバのこと。去年の夏休みに、宿題をするより熱心に娘ふたりと私は「チャングムの誓い」五十四話を泣いたり拍手したりしながら毎日見た。
熟年女優たちの熱演や、悪役の上手さにも引き込まれたが、何より食養の考え方に沿って作り上げられる宮廷料理に夢中になり、自分たちも味わいたくなった。
料理の本を参考に身近な韓国料理に挑戦。野菜やごま、にんにくなどがたっぷり入った料理を毎日食べた夏だった。
先日、韓国旅行のお土産に高麗人参を頂いたので、私流のサムゲタン(若鶏ス-プ)を作ってみた。骨付き鶏肉、長ネギ、クコの実、根コンプ、高麗人参(なければゴボウ)を土鍋でコトコト煮る。
もち米の代わりにもちを入れて煮溶かす。
塩味を付ける。
仕上げに松の実少々。
一口飲めば〝滋養強壮″という言葉が浮かぶ出来上がり。
食べることはいのちを繋ぐ大切なエネルギーを得ること。在宅ホスピスケアでも最後まで重要な柱になる。
〝生きていてほしい″と願う家族が差し出す重湯のスプーン。
ゆっくりと飲み込む「ゴクン」という音。
いつかは消えるいのちの炎を見つめながら、送る人と逝く人が折り合いをつけていく食事の風景。
その湯気の中に、愛の光が満ちていることを私は忘れない。
内藤いづみ